特集作家3名 公募44名 合計47名

現代美術-茨木2006展 おかげさまで好評のうちに閉会いたしました。
皆様、御高覧ありがとうございました。

展覧会が一つ終わり、また次年度に向けて企画主体は動き出します。
コマーシャリズムから距離のある眼差しを持って、作品という「事実」と
展覧会という「事態」に真摯に臨みたい。

コンテストでないことの爽やかさ、個展にはない軽やかさ、多くの趣の異なる作品と共に在る面白さを現代美術-茨木2004展ぐらいから強く感じ始めていました。アーティスト自身がフェアーな精神であることが自明と感じられる空間をこの展覧会は持っています。

床シート張りや有孔ボードによる壁面製作など毎回会場作りから始める一連の作業も、これはこれで儀式となって行く様で面白かった。市職員と若手美術家が中心になって汗を流しています。

1枚の写真で展覧会を体感することはできないけれど、想像力を駆使してみることは出来ます。 窓からの自然光や会場と作品の匂い。鑑賞者の足音など。これはまさに、学生時代の「放課後の」体育館と美術室の臭いだ!

ノスタルジーとアヴァンギャルド精神が緑色のシートの上で出会ったとして。

ロートレ・アモンの一遍の詩がシュール・リアリズムが勃発する為のトリガーになった様に。(あの作品が選ばれたように) この展覧会が次世代の藝術運動の温床になればと希望しています。これは大きな希望です(微笑)





いずれ誰しもレジスタンスする。
多かれ少なかれ、遅かれ早かれ、それがARTの源泉だと思います。 
この世のことに無抵抗であってはならないのではないかな?

もう誰も傍観者ではすまない時代に来ているのかな。鑑賞者の説明責任だって存在するとしたらいったいどうする?借り物ではない自分の言葉であったり、オリジナルな愉しみ方だったり、自分の感受性に対してある程度自信がなきゃならない。でないと他人の或いは他国の藝術や文化を享受したり理解したりすることは困難を覚えるでしょう。

ものと関わり続けることは生きているという証しに他ならないし、描くこと、削ること、写すこと、組み立てること、身体性を通して出現するニュービジョンは少なくありません。風通しの良い自分のアトリエの延長としてこの展覧会がある。そんな感じでまた企画を重ねたいと思います。今年の参加者のみなさんベテラン組みと新人たち1年後また、この展覧会でお会いできます様に、そして更に新しい人たちにも出会えます様に、わたしも日々のトレーニングに励みたいと思います。


現代美術-茨木2006年展 出品作品  中沢照幸 [modality]   12cm CDディスク、額縁、トレーシングペーパー、木炭、椅子(3)、テーブル(1)借景/六月の新緑
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by azure-laboratory | 2006-06-07 20:26 | アート
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